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こんにちわ^^ ヨシカツです。

今回は、少し長いお話をします。

みなさんは、白虎隊はご存知ですか??
知らない方や『名前は知ってるけど・・・』という方のために
お話をしたいと思います^^

江戸時代終わり頃、新撰組などの時代までさかのぼります。
当時の人たちは、幕府と天皇の二つに意見が分かれていました。
その中で会津藩(今の福島県)は江戸幕府から一目置かれている藩だったそうです。

ひとつの国に二つの勢力があれば、やはり戦争になりますよね?^^;
戊辰戦争の中で最後まで戦った、会津軍と新政府軍との戦いの中に白虎隊が登場します。
当時、会津藩は、玄武隊、青龍隊、朱雀隊、白虎隊と年齢ごとに一般市民の中で分かれていました。徴兵と同じ感じがしますが、市民の方達は
自分たちが自ら『会津を守る』と言う愛国心から、この制度が成り立ったわけです。
その中で、白虎隊は年齢が16歳~17歳の若い青年から成り立っていた隊で、まだまだ勉強や稽古を励んでいる青年達でした。
1868年新政府軍は、会津藩の壊滅に乗り出して、戦争が始まりました。多勢に無勢で何十万人いる新政府軍相手に、会津藩は1万~2万人
位しかいなかったそうです。
同年8月某日、白虎隊士に召集命令が出され、22日新政府軍相手と激戦を繰り広げ、37名ほどしかいなかった白虎隊に対し新政府軍は何万とも言われる数で後退を余儀なくなりました。
後退途中、飯盛山まで来た19名の隊士は城の見える見晴らしの良い場所まで来ました。
そこで見たのは、燃え盛る炎に包まれた鶴ヶ城でした。
隊士はもうこれまでと判断し、自刃を選んだそうです。
20070808095220.jpg

これはその場所です。
真ん中あたりに見える長い棒のようなものが見えると思いますが、
その位置が城の位置です。

実は隊士が見た炎は、城ではなく城下町の炎で城は煙に包まれていただけだったのです。

20070808095626.jpg

隊士が望んでいた方向です。この先にさきほどのお城があります。

いまで言えば高校生くらいの若い子が自分の国のために戦いに行く。
なかなか出来ることじゃありません。
覚悟や団結力、大切なものを守るため。
本当にすごいことだと思います。
テレビや、本などでは語りきれない史実がそこにありました。

20070808100836.jpg


色々なところに行っていますが、『会津若松』ここに来て良かったです。

最後になりましたが、長々読んでいただいてありがとうございました。
少しでも多くの方に白虎隊を知って頂ければ、若くして亡くなった隊士の方も報われると思います^^
それではまた^^

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ヨシカツさん
オイラも会津に仕事で1週間滞在したことがあります。
その時に会津の人の話から・・・地元会津を思う気持ちと誇りを強く感じました。
白虎隊の悲劇についても聞きました。
とても優秀で凛々しい少年達だったそうです。

武士に生まれた悲しさ・・・いさぎよさに涙・涙です。

時代が違うかも知れませんが・・・オイラも含め軟弱に育ち・・・犯罪を犯す若者・・・考えさせられます。

ヨシカツさん・・・良いところへ旅してきましたね。
【2007/08/09 09:31】 URL | keykun #-[ 編集]
お久しぶりですhttp://blog98.fc2.com/image/icon/e/814.gif" alt="" width="14" height="15">お元気ですか?会津に行って来たんですね。自分も中学の時に修学旅行で行った事があるんで懐かしいです。白虎隊の事もその時に勉強しました。まぁ幕末の時代が個人的に好きですから色々な本を読みましたねhttp://blog98.fc2.com/image/icon/e/442.gif" alt="" width="14" height="15">白虎隊も祖国会津の為に戦って散った訳ですけど今の若者は国の為に戦う人はいないなぁ。自分もそこまで自信ないしねぇhttp://blog98.fc2.com/image/icon/e/263.gif" alt="" width="14" height="15">
【2007/08/08 13:38】 URL | ヒラッチ #-[ 編集]















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