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こんばんは。

MAKOTOです。




さぁ~一人旅もいよいよ終盤に差し掛かってきました。

といっても、そろそろ帰る時間が…って言うだけですけど。

こまどり荘を後にした私が次に向かった先はというと、中津川渓谷から八丁峠方面へ向かったところにある、ニッチツ鉱山です。


ニッチツ鉱山の工場
ニッチツ鉱山の工場群 >> Nikon F4S / Ai Zoom Nikkor 28~85mm F3.5~4.5S

かつては”ニッチツ村”とまで言われたニッチツ鉱山。

その始まりは戦国時代にまでさかのぼる…

時の武将武田信玄率いる武田氏によってこの鉱山の採掘が始まり、これを起源としているようだ。

『金・銀・銅・鉄・亜鉛など』数々の鉱物が採掘されたことで、人口は一気に上昇し、800mを超える山の中に、最盛期では2000人を超える人々が住んでいた。

私の身の回りにいる人たちにも、このニッチツに住んでいた人たちは数多く入る。

職場の人、もちろん身内にも。

私の祖父母、そして母もその中の一人。

『昔は、それはそれは何でもあった。映画館や学校、病院、商店、社宅…とにかく暮らすには困ることは無かったなぁ~』と語るのは私の祖母。
90歳を超えた今でも鮮明に脳裏に焼きついているようだ。


斜面に立つ工場
Nikon F4S / Ai Zoom Nikkor 28~85mm F3.5~4.5S


職場の人に撮影した写真を見せると、懐かしく昔のことを語りだす人もいる。

『中津のあんな山の奥から鉄索って言うのが三峰口まで来ていて、あれにつかまって遊んだやつもいたっけ』なんて話も聞くことが出来た。


鉄索の支柱
鉄索の支柱 >> Nikon F4S / Ai Zoom Nikkor 28~85mm F3.5~4.5S




しかし、栄華を誇ったニッチツ鉱山にもやがて終焉のときが来てしまう…
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keykunさん>

ニッチツには今も社宅の建物やいろいろな建物が廃墟となって点在しています。
keykunさんも、今となっては最盛期のニッチツ鉱山を知る貴重な体験をした一人ですね!!

私は話を聞くだけで、活気のあった頃を想像することしか出来ませんが、周りの人たちの話を聞いているだけで、いかにその当時活気付いていたのかが良くわかります。

今の姿を見ると、その面影も無く、悲しくなりますね。
【2008/05/09 08:39】 URL | MAKOTO #-[ 編集]
ニッチツ鉱山に親戚の家〈社宅)があって1週間くらい宿泊しました。
映画を観たり・・・買い物へ行ったり・・・思い出します。道路が鉱石でキラキラしていました。
バスにのって行ったのですが・・・バスの屋根が特殊な造りになっていました。

今では社宅がどこにあったのか解かりませんが・・・鉱山の近くを通るとあの頃の活気がなつかしいです。
栄枯盛衰・・・悲しい気持ちにもなります。
【2008/05/08 10:48】 URL | keykun #dNXrvxao[ 編集]















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